川根佑介

ONSA DOYASA 第4回目は、映像と音のジャンルに参加されている川根佑介さん。ソフトエンジニアとしての職歴を活かした作品を毎年出されています。ユーモア盛り込んだ映像作品、インタラクティブな音の作品は、いつも観る人を楽しませてくださっています。今年で、74歳になる川根さんが作品を制作をするようになったのは、ここ数年とのこと。そんな作品を作り始めるきっかけや、制作の裏話などを伺っています。

聞き手 BOOKLORE 中島恵雄
UMLAUT 高野裕子

おんさ展に初めて参加されたのはいつですか?

川根佑介(以下 川):2010年から参加しています。今年で6回目になります。

おんさ展を知ったきっかけは?

:私の知り合いの若い子に教えてもらって。その子に教えてもらったから、こうやってずっと続けてこられてます。それがなかったら、何も知らなかったです。

もともとiTohenとかsewing galleryなどのギャラリーは知ってましたか?

:iTohenは知ってましたが、sewing galleryは知りませんでした。sewing galleryのある星ヶ丘学園の中山先生と知り合いになったのも、おんさ展で初めて参加した交流会です。

中山先生とは歳は同じくらいですか?

:僕は今74歳なので、先生よりも少しだけ若いと思います。映像を作り始めたのは2007年からで、それまでは僕はアートというものは苦手なものというか、ほど遠いものと思っていました。

高野裕子(以下 高):2007年ということは、おんさ展に参加するよりも少し前ということですね。

:2003年に妻を亡くして、ちょうどそのあたり仕事も辞めて、何かしないといけないと思ってて、若い頃に写真をやっていたことがあるので、新しいカメラを買って、写真をやろうと思ってはじめたのが2004年なんです。でもテーマとして写真では表現できないものがあり、それで映像をやりたいなと思いはじめました。写真表現大学という写真の学校があって、そこにIMIという音とか映像を勉強できる学校もあって、そこで2年、3年勉強をして、それから映像を作り始めました。

その学校は生徒さんの年齢幅は結構あるんですか?

:大学生くらいから私みたいなものまでいました。そこの同級生がさっき言った、おんさ展を紹介してくれた若い人です。

なるほど。若い頃に写真をされていたというのは、写真を勉強されていたのですか?

:もともとカメラが好きで、小学校3年か4年くらいの時に、おもちゃの木製のカメラがあって、黒いクロスを貼ったようなもので、単玉のレンズがあって、後ろに印画紙を差し込む口があって、その後ろがすりガラスになっていて、そこから被写体を見ておいて、印画紙を入れて、その蓋を抜くと露出されるわけです。その付録に現像液とハイポの瓶が入ってて、それを洗面器で現像するみたいな。「わ~でてきたあ」って。それを叔母に買ってもらって。

:すごい素敵なおもちゃ。

:そこからカメラが好きになって、いろいろ持ってました。大学を出て就職をして、そこに写真の好きな人がいて、一緒にやらないかみたいな話で、やったんですけど、ある時にモデルさんの撮影会があって、一応撮ったんだけど、撮ったものをみると、単に水着のモデルさんが横になっているだけで、全然面白くもなんともない。他に撮っている人は、芸術的に撮っていたと思うんですけど、僕のこれはあかんわと思って、その一瞬で僕は写真をやめました。

:えー!

:それはカラーだったんですけど。モノクロでは、現像とかプリントはしたことはありますよ。

その頃は写真作品の発表はしたことがあったんですか?

:全然。だから、それ一発で才能ないわって思ったから。それが、23、24歳くらいで、それから何もやってなかったです。

:え、そこから最近まで空くってことですか?

:そうです。2004年に写真を学んだんですけど、美術史と写真史のスライドレクチャーがありまして、それで目が覚めたというか。普通だったら、アルタミラ洞窟のところから始まるんですけど、その回は最新の現代美術からはじめてくれたんです。確か、横浜トリアンナーレだったと思うんですが、椿昇さんのでかいバッタの写真がいきなりわーって出て、こんなのありなんだって思って、目が覚めた。そこでベネチアビエンナーレのツアーがあって、そこに行って、その二年後がベネチアビエンナーレとドクメンタが重なった年だったんですよ。それも参加しました。ああいったものを見ると、自分も作りたくなるっていうか、そこからやろうと思った。これは面白いと思って。それで映像は音がついてくるから、音の作り方もちょっと学んだんですけど。音の作品は、子供の頃からのものづくりと、僕はソフトエアエンジニアなので、マイコンを使った作品をずっと作ってきたました。おんさ展で気になっているのは、音の作品の出展者が少なくなってきて、去年僕一人だけだったんですね。いろいろ考えることがあって、僕はマイコンを使った電子的なものを作っていて、こういうものでいいんだろうかと思い出したんですね。他の人は、もっと別のものを求めているのかとか、ああいうのは作品ではないと思っている人もいるのかなって。それで、去年のラガルリの説明のときには、来年はもっと原始的なものにしたいと宣言したんです。今年は、人の声をテーマにして、人の母音の出る構造物を作ろうとしています。成功するかどうかはわからないんですけど。0.7倍くらいのプロトタイプを二つ作って、音の出方が変わるなってとこまで成功したんですけど。「あいうえお」がうまくいくかどうか。「あいうえお」がうまく出れば「う」の口に何かつければ、「ウムラウト」も出るはず。だからぴったりかなと。

:えーすごい!

:出るかどうか全くわからないけれど、あと10日ほど頑張る。

:できるかどうかわからないことってすごく大事ですよね。

:音に関して思っているのは、そういうことね。それと音を録るのは、好きなのでそれを元に何か作るっていうのもアリかなと思うけれど、坂本龍一の真似をしても仕方ないなって思うし、真似はできへんし、そういうことはやめようかなって思っています。ただ最近の音の作り方は、既成の音のある部分を取って、並び替えて、自分の気持ち良い音の並びを作ることからスタートするんですね。まず、そのひと塊りができれば、あとはできるんですけど。その音の元の部分になるのを何にするか、ハーモニカの音を使ってとかは、やったことがあるんですけど、自然の音を使えば、また面白いものができるかなと。だから、そういう音の作り方というのもアリかなと。まあ映像作品を作ったら、音つけますから、その時も作曲しないといけないので、音と映像で同じことはやりたくないなっていうのはあるんですけど。

おんさ展に2010年に出展される前は、どこか作品を発表したことはあったんですか?

:写真の個展は一回やったことがあって、それも普通の写真じゃなくてモザイクですね。はじめて撮った写真が、阪神電車の中の椅子の上に、空きカンが一つ置いていたものです。その空きカンの席の離れたところに座ってて、正面に移動して撮ったんですね。それで席に戻ったんですけど、人数は少なかったけれど、他にも乗客がいて、「あの人写真を撮っただけで、これ何とかせえへんのかな」って思われているだろうなって思ったから、これ何とかしたいなと思ってたんですけど、迷っているうちに人が乗ってきて、その人がそれをさっと下に置いたんですね。それで降りる時に、持って出はったんですよ。「わーすごい人いる」と驚きました。それからあっちこっちに、空きカンや瓶やゴミなど残された風景を撮りはじめたんですね。それのタイトルは「残されたもの」。これをモザイクにして作品にしたんです。一番大きいのは畳一枚くらいの画面で、3mmくらいの写真を集めて、4、50万くらいのピースを集めて、ひとつの絵を表したんです。この時は、本当は自分でモザイクのソフトを作ろうと思ったんだけど、市販のソフトがあったんでそれを使いました。これの個展をやったのが最初で最後で、2005年かな。今なくなりましたけど、アメリカ領事館の裏にあったアーリーギャラリーってところでやりました。

:おんさ展では写真では出したことあるんですか?

:出したことないです。

:写真も見て見たい(笑)

:僕はテーマを追うっていうタイプだからね。今回の映像のテーマは実は、去年に決めてたんだけど、実現はしなかったんです。どうしようかなって思ってて(ノートを取り出す川根さん)

:それはアイデア帳ですか?

:そうです。これが絵コンテですね。これが音の塊りとか、色づけをしておいて、音をつけていく。こうして、秒単位で絵コンテを書いておくと、やりやすいんです。

常にネタを集めてるんですね。

:集めてます。僕のネタは本を読むことが多いです。ただ本を読んで、そこに書いてあることがそのままテーマになるんじゃなくて、そこから閃くというか、展覧会もみちろん良いヒントになるけれど、その中身やものじゃなくて、そこから派生してくるものからヒントをもらっています。まぁだいたいみんなそうだと思うんですけど。

実際に作品になるのは、どんな確率でなるんですか?

:狙ったら、結構な確率で作品になると思います。

おんさ展以外にも作品は作られてるんですか?

:作ってます。秋に写真の展覧会(※Nitooi http://nitooi.hatenablog.com/)があって、そこに映像を出したり、インスタレーションを出したりとか、ひとりだけ変わったことをしているんですけど。今年も9月にやります。

通われていた学校の仲間ですか?

:そうですね。基本的に学校の仲間が中心ですね。

基本的には年に2回発表しているんですね。

:そうです。だから作品は3つ。結構しんどいですよ。3月くらいにできてないと本当はしんどいんです。だから12月くらいまでに構想ができているのが理想で、3月くらいまでに仕上げといて、ゆったりとおんさ展に間に合わせる。その間に秋の準備をするというのが一番いいんですけどね。今年は準備に時間がかかって、オブジェクトを作るのにずいぶん時間かかってね。これは、お湯丸っていうプラスチック粘土に、落雁をぎゅっと押し付けて、それで型をとって、そこにレジンを流し込んで、レジンだけだとピカピカしすぎるので、そこにもう一回お湯丸を貼って、中にLEDが入っているんです。

:すごい。

:LEDのピカピカは、6通りピカピカするように回路を組んで作ってて、その準備だけで大変なんですよ。

これエピソード2となってますが、エピソード1はあるんですか?

:あります。僕のホームページに掲載しています。

コマ撮りなんですか?

:コマ撮りじゃないんです。特撮ですね。光りながら、回っているのとかもブルーバックの前で撮ってるんですよ。三脚の上に回る台をつけて、それを上下させたりして。

:きっと私が見たこともない世界で行われているんでしょうね。

:ブルーバックって何度かやっているんですけど、光るものってなかなか難しいですよ。でも、まぁ結構うまくいった方かなと思ってるんですけどね。

これで制作期間はどれくらいなんですか?

:これは、ステージを作るのに2ヶ月くらい準備にかかったね。撮るのは一週間もかかってないと思うんだけど。

編集は?

:編集も10日もかかってないと思います。舞台装置を作るところが大変でした。

CGとかを作るのはすぐできるんですか?

:はい。

:すごい。

:プログラムで何かするのは、すごく簡単。今までのネタがいっぱいあるから、それを触るだけでいいから。

:プログラムで触るって……

今もそちら系の仕事もしているんですか?

:今はある学校のお手伝いをしていて、そこの教材を作ったりとか、DVDを作ったりするのを手伝ったりしています。それとホームページを作ったり補修するお手伝いをします。今回作った僕のホームページは、2ヶ月くらいでサイト2つ作ったんですけど、一つはビデオ系のものと、もう一つはサンスクリット語の翻訳したやつ、バガヴァッド・ギーターって知ってます? 古代インドのヒンズー教の珠玉の聖典と言われている700くらいの詩からできている本があるんですけど、それを去年10ヶ月くらいで訳して、それをサイトに掲載しているんです。その翻訳をやるときは、だいたい毎日2時間くらいはそれに費やしました。

今年の作品のネタはいつくらいから考えていたんですか?

:去年。お分かりのようにSTAP細胞ネタなんですね。200できたとか弱酸性の液で刺激したとかね。僕はどちらかといえば、小保方さんの味方なので、何とかしたいと思って。あれ可哀想やないかって僕は思っているんで。それで、この形になったんです。あと僕は能も好きなので、能楽の作りみたいな形のもの作ってみたいなって思ったんです。いろいろな試みをしているんです、作品の中で。僕はアニメはやったことはなかったですけど、おととしの作品ではじめて手書きのアニメを一部入れました。今年は、最初はコマ撮りを考えていたんですけど、結局特撮みたいになったんですが、まさか、こんなに苦労するとは思わなかった。やり始めたら、やめるわけにはいかないので。

高野さんも一緒に何かやったらいいんじゃないかな。高野さんは、踊りやっているの知っています?

:ホームページでは拝見しています。さっきおんさを紹介してくれた方もダンス習ったりしているんですよね。その子と話したときに「ダンスの記録というのはどないするんや」って聞いたんですよ。そうしたら、無いっていうんですよね。そんなの書いたりして残さないのかって、どうなんですかね?

:一応、舞踊記譜法っていうのはあって、音楽の楽譜と一緒のようなものですね。昔の宮廷舞踏とかだど、舞踏譜というのがあって、上から俯瞰したものであると言えばあるんですけど、最近は動きが複雑になりすぎて、なかなか譜におこせないんですよね。結局、映像と撮れる機器をみんな持っているから、映像として撮っていくっていうのがそのまま記録できるというのはありますね。動きの豊富さに追いつかないから。

:能楽見てて、足の動きを見ながら書いたりしたら面白いなとか思ったりしてるんですけどね。

:ただ、踊りには映像には残せない臨場感というのものもありますよね。生の舞台と、映像とかは違うところがあるなって最近強く感じていることがあって、私は生でやることが多いのですけど、今は映像の仕事をしているんですけど、そうするとコマ撮りとか、いろんなところから体を撮ったりとか、時間の捉え方とか空間の捉え方も違うところがあるから、それも面白いなって。

最初のナレーションは知り合いの方にお願いしたんですか?

:あれは自分でやっているんですね。

おばちゃんがしゃべっているのとかは?

:あれはボイスチェンジャー。

:えー! すごい。お知り合いの方だと思ってました。まんまと。

:あれは、議員の秘書の恫喝がありましたね。それがネタです。パロディーだから、取りまくりですわ。

個展はしないんですか?

:まとまったら、映像の個展はしてみたいなっていうのありますね。一応インターネットで全部あげてますけど。今まで作った音の作品は壊してないし、それをセットにしてどこかでやりたいなって思ってます。

一回観てみたいです。

:本当にやりたいのはね、原発関係のやつをやらないと、僕はおさまらないなって思ってるんですよね。

それは構想はあるんですか?

:僕はもともとの専攻はそっちの方なんですよ。これはやばいからって逃げた方なので。

いつくらいですか?

:学生時代の専門ですから、50年ほど前の話しです。そこから全然やっていないので。でも、これはほっとかれへんなって思って。おんさ展のテーマにも取り上げたことはありますけどね。構想では、最初の冒頭の画面は関電の受付に行って断られるっていうのはできたんですけど。絶対断られるでしょ。若い男の子がその撮影手伝いますよって言ってくれてます。

:川根さんいいですね~。ユーモアですね。

:そういうところがないと面白くないというか。

作品をつくる原動力は何ですか?

:やっぱり何か作りたいんですね。

会社行ってた時からの延長線上みたいなものですか?

:ものを作ることっていう意味では、延長線上にはなるのかもしれないですね。コンピューターの仕事っていうのは、企画してつくる立場と、出来上がったシステムを保守していく立場っていうのがあるんですね。僕は後者の仕事はたぶん向かないと思います。そういう仕事には耐えらない。考えてアイデアを出してっていうことはやるけど、メンテナンスはようやれない。最初映像とか学んでた時に、本当にちゃんとそこに通ったのは2年間ですけど、在籍したのは4年間いたので、毎年作品を作って年度末に発表するっていう、そういうルーティーンができてたんですね。たぶん、それにそのまま今も乗っていると思います。その時は12月末までに、いくつか作っておいて、そこから良いやつを3月末にまとめるという癖が4年ついていたので、それが良かったんだと思います。それが体に染み付いているというか。

:おんさ展もぴったりですね。

おんさ展の交流会とは出たりとかしますか? 作家さんと知り合ったりとか。

:作家さんとは、あまり。

:去年のラガルリの交流会には来られてましたよね。

作家さんとしゃべりますか?

:はい、何人か案内をいただいて個展に伺ったこともあります。

おんさに対して、今後の希望とかありますか?

:スタイルは今のスタイルで良いんですけど。音の作品が増えて欲しいなっていう思いがあります。いろんなバリエーションの音の作品が集まればいいなと。今回楽しみにしているのは舩橋さん。お会いしたことなくて、お名前は知っていて、作品も知っているんですけど、でも今回お会いできそうなので、楽しみにしています。

Profile
川根 佑介
2007年から映像作品を制作・発表。
おんさ展には、2010年から連続で出展、今回で6回目。
http://kawaney.com

聞き手:中島恵雄
出版レーベル BOOKLORE 運営/オンラインストア「雲の生まれるところ」店長
高野裕子
UMLAUT 主宰